不登校傾向のお子さんの夏休み明けが心配なお母様へ。大事なことは…。

学びと人生のカギ

友人から相談を受けました。私は普段「手抜き育児」を続けてきて今に至りますが…。そもそもの理由は、我が子が不登校リスクの高い子で、不登校や不適応の防止に神経を尖らせており、それ以外に手が回らなったからでした…。私、不登校については語れるかもしれません。

1. 色んなアドバイスの前に…キレイゴトとの付き合い方

この記事を読もうとして下さっているあなたは、既に色んなサイトを読んだり、カウンセラーさんに相談したりされてきたのではないでしょうか。

そして、こういった情報源から「本人の自己肯定感が大事」「大切なのは学校での勉強ではなくて、自分らしく生きることですよ」といったアドバイスを得たのでは?

そして「そんなキレイゴトで解決するかあ?」と苛立たしくお感じかもしれません。

「聞きたいことはそんな遠回りなことじゃない。うちの子がフツーに学校に行けるようにして欲しいの!」と切羽詰まったお気持ちかもしれませんね。

そのお気持ちもよーくわかります。

ただ、私から申し上げるのも、結論としては同じようなものです。
お子さん本人が何をしたくて、何に興味があって、何になりたいのか。
「本人らしさ」をどう周囲がくみ取り、本人も自覚と発信ができるかが重要だと思います。

ただ、そんなキレイゴトの意味を実感するまで、私もそれなりに時間がかかりましたよ…

うちの子、小学生の高学年頃まで発達障害の可能性がかなり濃くて。
(たぶんこの時期に正式に医療機関に受診したら診断名がついてたんじゃないかと思います)。

診断名がなくても、発達障害かもしれないという前提で、地域の親の会に入って関連書籍を読み漁りました。

また、私は学生時代に社会学を専攻していたので、本田由紀さんの教育社会学の本なども読みました。

で。先輩お母さんのアドバイスや、本田由紀さんやその他放送大学で学んだ教育社会学の知見からみても。

「本人らしさ」とか「自己肯定感」とか、もうちょっと新しいところで「レジリエンス」といった概念がやっぱり最終的に重要になると思い至ったのです。

2.  キレイゴトの親子間の世代間ギャップ

私たち親世代が子どもの頃からキレイゴトは存在してました。

「学歴じゃなくて人格だ」とか「大学に入ることよりも、大学で何を学ぶのかが大事」「偏差値にとらわれずに夢を持とう」などなど。

でも。
私たちの世代では、そんなキレイゴトは建前に過ぎず、「あー、ハイハイ」とスルーできたんですよね。

ところが。
キレイゴトは十年、二十年、三十年かけて、それなりに子どもの教育現場に存在感を増すようになってきたのです。

「AO入試」だとか「ゆとり教育」だとか色んな制度が生まれたり軌道修正したり紆余曲折をたどりつつ。

今の教育現場では、新しい学力だとか、アクティプラーニングだとかが実践中です。
主体性とか、表現力とか、コミュニケーション能力とか…子どもが身につけないとイケナイ能力は多岐にわたります。
それらを身に着けさせるのは母親の責任とされますが…どうやったらこの手の能力が身につくのか決まった方法はありません。

確か本田由紀さんの著作に以下のような趣旨の文言があったかと記憶しています。

一昔前の、机に張り付かせて受験勉強さえさせていれば済んでいた「教育ママ」はいかに単純で素朴なありかただったことか!と。

イマドキのちゃんとした子育てでは、親世代には「訳の分からない能力」を育めと言われているのです。

もちろん、多くのお母さんは奮闘されていると思います。
でも、お母さんの手の届かないところで、そういった親世代には訳の分からない能力を備えた子ども社会を生きるのは、お子さん本人なのです。

「自分の人生に主体的であれ」という、大人でも結構抽象的で難しい課題に、母親世代が思う以上に、お子さんは巻き込まれているのです

さらに、ややこしいのは。
本田由紀さんもおっしゃってたかと思いますが、建前とは別の本音=「でも、なんだかんだ言っても、偏差値の高い学校に行くのが勝ち組だよね」という価値観も残っています

このバランスのとり方が本当に難しいと思います。
お母さんもお子さんも。
ほんと、繰り返しますが、昔の「教育ママ」は楽してた、ズルイ!とさえ思えます。

3. キレイゴトとの折り合いのつけ方

我が家が体験してきたキレイゴトとの折り合いのつけ方をお話します。

3.1 発達障害?の疑いがあることから学んだこと

ウチの子も、発達障害が疑われるだけあって、トラブルを起こしまくり…。
相性の悪い幼稚園の先生や塾の先生からはっきり「迷惑」と言われたこともありました。
本人も「自分は周囲に受け入れられてない」と思い込んでおり、「もう学校なんか行かない」と何回口にしたことか…。

うちの子レベルでなくても、どんなお子さんも、子ども社会で何らかの傷を負います。

だから、発達障害の親の会ではお母さん同士で「外で傷つけられる子だからこそ、親は自己肯定感を育まないとね」と励ましあってました。
(一方、ネットの超本音サイトでは「ジココーテイカン、ジココーテイカンって、やってられるかあ!」な魂の叫びもあったりしますwこうやって発散するのも大事です)。

私が参加していた親の会は、以下のようなわりとオーソドックスな見解のところでした。
「発達障害の子の子育ては特殊なことをするものではなく、普通の子育てを丁寧に行うこと」とされています。
だから、診断名のない状態でも私は参加して学ぶことがありましたし、皆さまにもお伝えしています。

親の会にはご新規さんが暗い顔で来られます。
不登校になったか、なりかけかという状態ということが多いです。

ひとしきりその方のお話が終わると、ベテランお母さんが温かい口調で質問されるのです。
お子さん、何か好きなことや得意なことは?」と。

ここで、電車が好きだったら、「休日には電車乗りに行ったらエエねえ」「駅名で漢字を覚える子もいるよ」「うちの子も車好きから電車、飛行機とスケールアップしてロケットまで関心が広がって、JAXAに入りたい言うてんで」と話題が進みます。

関心の幅が狭くなりがちな自閉症スペクトラムの子の関心を無理なく広げ、社会的な活動へつなげていくことが重要なことです

我が家では、幼児期は上記のような感じの育児観に触れていました。
そして、ティーンエイジャーになると別のロジックにも出会いました。

3.2 一部の学習塾や私立学校がとるロジック

うちの子に合った環境を求めて、塾と私立中学を探して、現在に至っているわけですが。
うちの子に合っていた塾と、現在楽しく通っている学校とで似たような取り組みをされています。

塾では(地域の中堅塾でした)、「志を育む」講座を、普通の受験勉強以外にわざわざ別枠でカリキュラムを組んでいました。

当時の私は「まあ、エエことちゃう?」くらいの感想で、そんなに気にしてなかったのですが。
今にして思えば、結構重要ですよ、コレ。

ここで用いられる論法は。

君は将来幸せな人生を送りたいよね。幸せな人生とは、社会の中で役割を持って、人に感謝し感謝されることだよね。君の夢は何かな? その夢で人の役に立つ志を実現させるには、教育や訓練が必要だね。そのために大学や、その手前の中学受験があるんだよね。だから、塾での今の勉強があるんだよね

コレを塾での受験勉強と並行して子供たちに教え込んでくださいましたw
小学生で素直な間に、この塾のカリキュラムによって、主体的に受験勉強することを刷り込まれるワケですw

うちの子はこのロジックに大変感化されまして。
「塾行くの大好き!」「志実現の第一歩として○○中学に合格したい!」と、比較的楽しく受験勉強していました。

↑いや、それなりに親子バトルも壮絶でしたが。
振り返ってみれば、小学校にはよく「行きたくない」と言っていたのに、塾は好きだったなあと。

小学校の先生方だって、とてもよくして下さったんですよ。
発達障害の可能性が濃厚な癖の強いウチの子に、最大限の配慮をいただいて親の私は大感謝なんですが。
子ども本人は、小学校の先生方の配慮の有難味をあまり感じておらず(ため息)、自分の志に火をつけ具体的にグイグイ引っ張ってくれる学習塾の方が、苦しくても楽しい場所のようでした。

そして。
我が家が「うちの子に向いているだろう」と判断して志望し、現在通っている学校でも。
同じような取り組みがあるのです。

週に1回は生徒たちに「夢を持つことの大切さ」を校長先生が熱く語り、生徒たちに文章で語らせるという時間が設けられています。

どうってことない中堅校なんですが…。
OBで特色のある職業についている社会人が、キャリア教育に来校して下さり、熱く「夢を実現させること」と「母校愛」を講演してくれます。
うちの子も帰宅して、「先輩でこういう職業の人がいて、こんな風な仕事ぶりで」と母の私に話することもあります。

ウチの子は中学以降パソコンオタクになり、同好の士の集まるサークルに入りました。
ある日、高校エリアを歩いているとサークルの先輩と立ち話になったそうで。

その高校生の先輩曰く「これから習う微分積分が分かると、プログラミングの幅が広がるで」とのアドバイス。
本人も「だから、微分積分とか数学頑張らんと」などと申しております(IT分野で活躍したいらしい)。↑
学力テストという結果に結びついてないのがツライところですがw

塾にせよ、学校にせよ、その先輩にせよ。
「自分らしさを社会で生かすために今の学びがある」というロジックです。

自分のなりたい社会的な職業が、医師や弁護士なら、「そりゃ高偏差値目指して受験勉強頑張れ」ということになり。

それ以外でも、大抵の職業はレベルの高い大学で学んだ方がより良い職業生活が送れるものですので。
だから、「自分の志や夢のために、今、大学受験につながる勉強を学校に通って頑張らなければ」というロジックが完成します。

3.3 ウチのような場合じゃないところもある?

ウチの子は、幼いころから発達障害の可能性が高く、「興味を伸ばして、自己肯定感を育んで! それが不登校を防ぎ、社会生活への適応を良くする」という育児観で育ててました。

(上の例で、車から電車、飛行機、ロケットに対象が広がったのがウチの子ですw、京都駅に電車見に行ったり、関空に飛行機見に行ったり。ええ、京都から「つくば」までJAXAにも行きましたよw)

そして塾も学校も「本人が何をやりたくて、何になりたいか」を明確にするよう働きかけ、それと塾や学校で行われる受験勉強とをつなげてくれます。

ところが。

今、お子さんが不登校気味だという友人の様子では、ウチがそうであったほど上記のような取り組みはあまりなかったようなんです…。

そのお宅は両親とも高学歴で教養深く、幼いころからあちこちの博物館とか家族で出かけていたり、本の読み聞かせや読書についても心を砕いたり。
もちろん、偏差値以外の多様な能力を伸ばすことには人並み以上に取り組んでこられました。

そして、ウチの子では到底入れないであろう首都圏の名門超進学校に進学されたのですが…。
色々個別の事情もあって、合格した超進学校にイマイチ馴染めないのだとか。
で。最初の学力テストでも相対的に振るわない結果だったそうです。

(テストについては、周りも優秀だし、学内での相対的評価でそういうことも起こるでしょう。
学校生活が上手く軌道に乗れば、上位層になれそうな優秀なお子さんです)。

そして、現状は「学校が嫌」で不登校気味。
夏休みで一息ついた状態です。

そのご家庭の個別の事情は如何ともしがたく、誰のせいでもないのですが。

では、今後どうするのかという点で。
私の方が「お子さん何が好き?何になりたい言うてはる?」とお尋ねしようにも、お母さんの方があまり詳しくないようなのです。
「さあ?ゲームとかかしら?」とあまり気のない返事で…。

ゲームのジャンルとかが分かれば、話の広げようもあるのですが。
例えば、歴史ものだったら史跡巡りに、中学生だから単独で行動させて小さな冒険旅行にチャレンジとか、能動的な時間の使い方につながりそうなんですけど。

お母さんとしては。
現状の不登校気味から、本格的な不登校にならないかがご心配で。
夏休み明け学校に通ってくれるかどうかが気がかりで。
将来の夢とか志とか、そういうキレイゴトどころではない
…ってのは、そのお気持ちもよーくわかります。

そのご家庭でも、将来の夢から学校に通うモチベーションを上げようとはお考えで。
この夏休みに東京大学のオープンキャンパスにお子さんを連れて行ってこられたのだそうです。
(東大が視野に入るような優秀なお子さんで、羨ましいですw)

そして「キャンパスを見ることで、学校で頑張る気を出して欲しい」と仰っていました。

ここで、思うのですが。
大学を見せれば、「そこを受験する意欲がわいて、今の学校に通う気になる」かどうかは、うーんどうでしょう?

確かに、大学受験が自己目的化している状態にハマる子はハマるし、超進学校にそういうご家庭は多いでしょう。

ただ、友人のお子さんはその環境になじめておらず、東大などを目指す環境の中で、成績面で出遅れている現状です(「そりゃ学校が嫌になるわなあ」って気がしますよ)。
このタイミングで、大学受験をゴールに据えて、学校に通うモチベーションにつながるかは微妙な気が…。

東大のオープンキャンパスも良い刺激になれば、それは結構なことと思うのですが。
最終的に、東大卒というアドバンテージをゲットした後の人生でいったい何をしたいのか?という問いに答えがなく
すると、なんのために東大を目指して、今現在、嫌な学校に通うのか?についても答えがない

ウチの子が、塾でも学校でも「夢・志の実現が目的。社会で活躍するにはプレゼンテーションとかアクティブラーニングも頑張ろう! そして社会に出るため重要な手段が大学受験だよね!」と聞かされて育ってきただけに…

大学受験を手段と捉えるか目的と捉えるかの違いに思いをはせてしまいます。

我が家からすると、本人に「何がしたいの?」という問いを投げかける機会に乏しいという経緯について、そういう雰囲気もあるんだなあ、と意外に感じたりもするのです。

4. じゃあ、夏休み明けをどうするか?

ここまでお読みのお母さんには「だからって、今から夢だの志などを探しても、夏休み明けには間に合わないわよ!」といら立たせてしまっているかもしれません。

確かに、夏休み明けにケロッと学校に通うお子さんだって多いと思います。
新しい環境になじむのにちょっと疲れていただけで、夏休み中に心と体の調子が整うことで順調な再スタートを切る可能性も十分あります

また、お子さん本人だけでなく、環境も変わるでしょう。
新しい環境で浮足立っていたのは本人だけでなくクラスメイトも同じです。
学級全体の雰囲気が変われば、学校に行きたいかどうかも大きく変わるでしょう

夢とか志とか未だ持てなくても、学校での授業やクラスメイトとわちゃわちゃやってるのが楽しくて学校に通うお子さんだってたーくさんいます。

もちろん、そうなってくれれば一番楽ですねw

でも、夏休み明けに学校に通い始めようとするお子さんのことは、十分ねぎらってあげてくださいね

誰でも「嫌な場所」に足を向けるのは苦痛です。
それでも、子どもながらに「行かなくては」と緊張しながら、行動に移しているのです。

夏休み明けに通い始めたからと言って「まあ、当然よね」とは決して思わないであげて欲しいです。
帰宅したら「お疲れ様」と声をかけて、美味しいものや好物を用意して労ってあげてください
(ここで「学校行けたね」「安心した」「嬉しい」とまで声をかけるかどうかは微妙ですね…。下手するとプレッシャーになりそうだし。ここは慎重にご判断を)。

夏休み明け、「何日か通ったけどまた休むようになった」「結局再スタートが切れなかった」ということがあっても。
何日かおきでも、行った日があれば、上記のようにねぎらってあげてください。

解決の兆しが見られなければ、専門の相談窓口とコンタクトを取る段階かもしれません。

ただ、専門窓口でも前提とされていると思いますので、再度、今回の記事の始めで私が書いた内容に触れます。

イマドキの子ども社会って、親世代には「たんなるキレイゴト」だった「夢や志を持つこと」や「新しい学力」「アクティブラーニング」などが、空虚なキレイゴトでは済まなくなっています。

こういったキレイゴトが「今、どうして学校や塾で受験勉強をするのか」と結びついており。
積極的に児童・生徒に結びつけるよう働きかける塾や学校があり、うちの子のように既に内面化している子もそれなりの数いるのです。

反対の側面をお話しましょう。

今だって我が家は子どもが不登校になるんじゃないかという心配を捨てきれていません。
一度、教育委員会のカウンセラーさんとお話する機会がありました。
カウンセラーさん曰く「大丈夫ですよ。今は“不登校ビジネス”も凄いですからね~」

我が家もいつ不登校という事態が起こるか分からないですし、今でも発達障害と診断されたご家庭とお付き合いがあって情報を共有しているのですが。
今の通信制高校とか、進学実績や就職なんかも良さそうですよ。

フィギュアスケートの紀平選手も通信制のN高です。
昔からアメリカの選手などが競技生活と両立するために学校は通信制にすることが多く、紀平さんもその感覚で最初から進学するおつもりだったのでしょう。

このN高、出版社のカドカワとニコニコ動画のドワンゴとで運営されています。
文芸とかITをやりたいお子さんには、具体的な進路も提供してくれるようです。

実は、上記のうちの子のパソコンオタクの先輩も。
高校2年が終わったら、今通っている学校を辞めてN高に転校するつもりなのだそうです(私立中高一貫校は高2で全てのカリキュラムを終えるので一つの区切りです)。
「プログラミングでやっていくなら、そっちだ!」と。
今の学校も不登校になるほど嫌な訳ではなく、前向きな理由のようです。

また、2018年末の紅白の米津玄師さんの登場時に印象的なダンスを踊っていた菅原小春さんも、通信制の星槎国際学園高校の出身です。

私が知っている情報でも以上のような事例があり、夢や志のある人が通信制高校をステップに社会で活躍されています。

夢や志があり、学校や大学そのものが目的ではなく手段なのだと考えていれば、それに応えてくれる道はきっとあるはずです。

夏休み明けの初の登校日、お子さんが無事過ごせればもちろん素晴らしいです!
そうでなくても、出来た部分はねぎらってあげてください。
上手く行かなくても責めたりせず、親の落胆や動転も出来るだけ見せず(難しいとは思いますが…)。

迂遠に見えても、きっと人生の礎となりますから、「将来社会で何をしたいのか」から逆算して今を考える視点を取り入れていただければと思います。

まとめ

今、この記事をご覧の方は「まさか我が子が」と動転していらっしゃるかもしれません。

夏休み明けには、何もなかったかのように順調に学校に通って欲しいとお思いでしょう。
(上でも書きましたが、可能性はあると思いますよ)。

ただ、「何のために本人が嫌だと思っている学校に通うのか」という点もご考慮下さいと申し上げたいです。

「夢だの志だのただのキレイゴトじゃん」と言っても、そのキレイゴトは親世代が思うより、今の子ども社会では存在感があります。

幸い夏休み明けに学校に通えるようになっても、将来のビジョンを明確にする作業が世間一般のご家庭より大幅に遅れていると、また同じような問題が起こりかねません。

「夏休み明け」という期限が頭から離れないお気持ちはよーくわかります。
それを否定はしませんが、同時にやはり「お子さん本人が何をしたくて何になりたいのか」に関心を向けてあげてください。
お子さんの人生に、将来どんなプロセスが待ち構えていても最後はそこに行きつくと思うからです。

もっとも。
「何をしたくて何をやりたいか」を考える作業は、そりゃ、落ち着いた環境で取り組めればそれに越したことはないので。
まずは、夏休み明けが順調でありますようお祈りしております。

これをお読みのお母様のお心が少しでも軽くなりますように…。

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